今日は部落の行事「念仏」が有りました。普段は念仏と呼んでいますが、本当は「百万遍念仏」と云うのでしょうか。お寺から頂いたお札には「奉唱阿弥陀名号一百萬遍者家内安全祈攸」と認めてありました。各戸から一人が参加しますが、このところ女性ばかりの拝みとなっています。
皆で輪になって大きな数珠を繰りまわしながら念仏「南無阿弥陀仏」(私にはナンマンダーと聞こえるのですが)を唱えます。2回に分けて正味1時間位にはなるでしょうか。
数珠の箱には天明2年と書いてありますから、今から230年程も昔のお数珠のようです。又箱の底にはこの数珠を作った際に寄付をされた方たちでしょうか、・・・衛門と付くような名前の一覧の墨書も残っています。
これからも大事に後世に引き継いで行かねばなりません。
7 件のコメント:
地区内に良い行事が残っているのですね。
念仏会で大きな数珠を回しながら念仏を唱えるのはいいことですね。
私も一度経験してみたいと思っていますがなかなか巡りあえません。
古き良き行事をいつまでも後世に伝えて行ってあげてください。
今でも引きつづいて、されているのですね、
子供のころ、大人の人が拝まれていたのを、思い出しました、
私の育ったところでは、現在はどうされているか分かりませんが。
おそらく高齢化となり、きっと中止になっているでしょう。
数珠玉1080個も有るのですか、 煩悩108を10倍もとって頂ける計算になりますが、要に寛永通宝 玉が無くなったからでしょうか?どんな意味が有るのでしょうね。
楢原では真言が多いので子供の時からの覚えでもないですが、法華宗では手に掛ける数珠の玉が108有り朝夕の勤行の時に煩悩に雑念を払っています。
実家のでは「念仏」が今でもあるようですが、このような行事は伝えていきたいですが、次の代の人がいるかどうかが課題の一つですね。
数珠を一回りも二た回りもさせて、無我の境地にならないとできないのでしょうね。
3,4年前の坊やはもう大きくなられたでしょうね 合掌
あの小さかった坊や、今年は参加してくれませんでした。村の中での最年少で皆に可愛がられていますが、この春から中学1年生です。
お数珠は40回以上を回しますが、無我の境地には至りませんで・。
今でもこの行事が残っているのですね。珍しいのではないでしょうか?
百万遍のお題目は時間にすると大変ですよ。私は一年間で百万遍以上のお題目が毎年の目標です。
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